愛情を注ぐだけでは、犬がわがままに育っていく



愛犬スカイは、威嚇犬・咬み犬でした。
いろんなものが恐すぎて、ついつい即効で咬んでしまい、また、恐すぎるがあまり、先に自らを守るために
、ほぼ毎日、毎時間威嚇を繰り返していました。
過去の生活がどのようなものだったのか?は詳しく知りません。
ただ、相当な恐怖感を感じる毎日で、逃げ場の無い自分の身に降りかかってくる危険から自分を守って生き抜く事で必死だったということだけは事実のようです。この場合の犬の感じる危険ですが、それは人間が想像しえない内容なものばかりです。
例えば、人の手、ケージの周りを回る人間の足音、足、家族が喧嘩しているときの声、ケージにご飯の器が置かれる
瞬間、人の体が覆いかぶさる瞬間、近寄ってくる人間の姿、暗闇に動く影・・・・・・・

本来、人間であれば普通に暮らしている中で、何も感じない普通のことですが、スカイにとってみるとその一挙手一動が恐怖の対象だったということになります。今では、その対象物を おやつをあげる手=恐怖の手ではなく危害の及ばない、逆におやつがでている安全なもの と認識できるようになりました。
それ意外にも、ケージに近づいてくる人=おやつをくれる人間=危害はなく、逆におやつがでてくる安全な人間、とか、ご飯の器を置く瞬間=逃げてもいいようにケージをやめ、もし、ご飯の器が自分に危害を加える危険なものであれば、いつでも逃げられる道が残されている=危険だと感じれば逃げられるから安全も確保できる状態でご飯が食べられる=いい事・・・・・・・・・

このように、愛玩犬ではあるものの、何もしてあげないと犬はわがままになり、人の指示に従わなくなってしまいます。
また、それにくわえて、恐怖心から
「この行為は危険か安全か」を自分で判断して、「危険である」と認識する数をふやしてしまいます。身に危険がおよぶことは犬にとっては死活問題となりますから、吠えたり、威嚇したり、咬んだり といういわゆる犬の問題行動に発展してしまうのです。

犬をコントロールするということは、愛情を注ぐのと同じくらい、その犬にトレーニングをしてあげる必要があるのです。



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